一般財団法人 糧食研究会
The Food Science Institute Foundation
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糧食研究会の歴史
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V.事業再開(3)
事業再開における役員選出の経緯
昭和42年食糧庁より「食糧庁関係団体概要調査表に関する照会」を受け、それに対する回答書に糧食研究会の役員選出の経緯について次のような書類を添付している。

質問事項・・・現役員選出の経緯(方法)
昭和42年8月1日現在
本会は大正10年2月25日創立以来我が国の食料問題研究のため朝野の最高の有識者を理事に選出し、幾多の業績を残した。

とくに昭和初め、ビタミン発見の世界的学者であり且つ本会の専務理事であった鈴木梅太郎博士が監製した育児用調製粉乳「パトローゲン」は世界の最高水準を行く商品として江湖の激賛を浴びた。これが現在の明治乳業の主力製品であるソフトカード明治コナミルクの前身である。

当時本会は研究室を東京帝国大学農学部(駒場)内に置き、ここで前記「パトローゲン」を製造し、これを市販したのであるが、殺到する注文を賄うことができず、よって「パトローゲン」製造販売権を全て明治製菓に無償譲渡することに決定した。

以上の経緯により鈴木博士と明治製糖や明治製菓との関係が緊密となり、昭和11年鈴木博士は明治製糖研究所(明治系各社の総合研究所)の最高顧問として砂糖、菓子、乳製品、薬品等の指導育成に当たった。

昭和16年、明治製糖は東京帝国大学農学部農芸化学科に畜産製造学と栄養学の二講座を新設するため、明治製菓名義で40万円を寄附した。
畜産製造学講座新設に当たっては当時の畜産関係諸団体が文部省に陳情したこと、並びに、当時の統制団体の一つである大日本製酪業組合が農林省の指示に基づいて活動するために、東京帝国大学農学部内に試験研究機関設置を要請したことに基づく。

昭和16年、明治製菓から乳業部門が分離独立して明治乳業が創立され、以後引き続き本会は明治乳業との関係を深め、本会の有する育児用添加料「ネオメール」の特許権を明治乳業に専用せしめる等、事業活動を続けたが、終戦後は活動が中止され、業務担当者の変転もあり、積極性が無くなった。

昭和38年7月16日付けをもって事業再開に関する届出書を貴庁に提出し、新たな構想で、農芸化学会、医学会、工学会の権威者により、新陣容を建て直した。従って、現在の役員は以上の沿革に基づき、明治乳業と鈴木梅太郎の衣鉢をつぐ学者グループとを中心として選出した次第である。


会の主要な出来事
国内外の出来事
 
昭和54年(1979年)
共通一次試験が始まる。イラン革命
昭和55年(1980年)
日本の自動車生産台数がアメリカを抜き、世界1位に
昭和56年(1981年)
1/29 理事、評議員会(東京会館)を開催、発明取扱規程を制定
 
 
昭和58年(1983年)
大韓航空機事件。東京ディズニーランドがオープン
昭和59年(1984年)
厚生省、日本人が男女とも世界一の長寿国と発表
昭和60年(1985年)
ハレー彗星が76年ぶりに地球に接近。日航機墜落
昭和63年(1988年)
世界最長の青函トンネルが開業
平成元年(1989年)
中国で天安門事件
平成2年(1990年)
九州島原の雲仙・普賢岳が198年ぶりに噴火。バブル崩壊
平成3年(1991年)
湾岸戦争。牛肉・オレンジ輸入自由化
平成5年(1993年)
2/13 療養中であった津郷友吉元会長逝去
 
 
平成6年(1994年)
コメ不足で価格高騰、外国米を緊急輸入
平成7年(1995年)
阪神・淡路大震災。地下鉄サリン事件。ウインドウズ95発売
平成8年(1996年)
病原性大腸菌O157により、患者6000人超。イギリスで狂牛病問題
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