一般財団法人 糧食研究会
The Food Science Institute Foundation
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糧食研究会の歴史
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V.事業再開(1)
本会事業の再開に向けて
 昭和30年(1955年)明治乳業から100万円の寄附を仰いで事業再開を目指すことになり、農林大臣に「事業に関する届書(事業再開延引事由書)」を提出した。しかし、昭和32年(1957年)東京都より本会の事業活動が積極性に乏しい旨の警告を受けた。同年年末に業務執行の理事小村清(明治乳業常務)の急逝、さらに昭和35年(1960年)に研究の中心指導者佐々木林治郎の急逝による研究の杜絶、翌36年(1961年)には事業援助の大黒柱であった小出義男(明治乳業会長)の永眠により本会のスタッフはすべて壊滅、事業も全く停止状態となった。

昭和37年12月、明治乳業は各地で増資説明会を開いていたが、札幌市で行われた説明会終了後の宿舎で、社長国生義男が随行の鶴田孝に糧食研究会の事業再開のための事務一切を軌道に乗せるよう命じた。鶴田は鈴木梅太郎の門下であり、糧食研究会の元会長尾崎準一にも指導を受けた一人であったので、尾崎を訪ね事業再開の相談をした。


会の主要な出来事
国内外の出来事
昭和30年(1955年)
12/23 役員会を開催、明治乳業(株)取締役会決議による本会への寄附金100万円受入、会長を理事尾崎準一に委嘱し、業務執行者として理事小村清を選任した
12/24 農林大臣に事業に関する届出書(事業再開延引事由書)を提出
昭和30年(1955年)
ヘレン・ケラー来日
昭和31年(1956年)
9/27 理事、評議員会(植むら)を開催、寄附行為改正、「可溶性澱粉分解物の製造法」の特許を出願したことを承認。また、この企業化が明治乳業(株)にて完成、商品名をネオメールとし、本会の創製品としての名 義を明治乳業(株)に貸与することを承認
昭和31年(1956年)
福井県農業試験場が水稲の新品種「コシヒカリ」を発表
昭和32年(1957年)
8/1 明治乳業(株)とネオメールの製造権に関する契約書を締結
8/9 東京都行政部及食糧庁総務部の行政監査の実施
8/16 上記監査報告書を受領(積極性に乏しいとの指摘があり、事業再開かなわず)
昭和32年(1957年)
東京飲料(株)がコカ・コーラのボトリングを開始
 
昭和33年(1958年)
インスタントラーメン登場。一万円札発行
昭和35年(1960年)
4/4 事務所を東京都京橋2−8所在の明治製菓(株)ビルディングより京橋2-6所在の2丁目6番地ビルディング(通称、2-6ビル)内に移転
昭和35年(1960年)
南氷洋での捕鯨世界一に。安保闘争が高揚
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